2006年山中伸弥教授によって樹立された iPS(induced pluripotent stem) 細胞はその翌年のヒト iPS 細胞の作成に発展し、世界中の注目を集めるに至った。ヒト iPS 細胞の樹立によって、ES 細胞を用いた再生医療の倫理的問題と拒絶反応の問題を一気に解決し、自己の体細胞から様々な臓器の細胞に分化する人工の多能性細胞を作成する道筋が開いた。しかしながら、この細胞を実際に臨床での様々な臓器の再生医療に応用するためには、再生組織の癌化等のいくつかの克服すべき課題が存在していることも事実である。そのような中で最初に実用化されようとしているのは、ヒト iPS 細胞を心筋細胞に分化させ、それを使って新薬開発における前臨床試験において不可欠な QT 延長リスク評価系を構築するものである。従来、この薬物安全性評価試験として、HERG チャネルを発現させた培養細胞を用いたパッチクランプ法での評価や、ヒトに近い実験動物種を用いた心電図 QT 間隔計測等が行われてきた。しかしながら、これらの評価系は必ずしもヒトでの電気生理学的反応を完璧に予測するものではなかった。そこで、ヒト体細胞由来の iPS 細胞から分化させた心筋細胞を用いることによって、より予測性に優れた QT 延長リスク評価系の構築が可能となると考えられる。将来的には、個々の患者の iPS 細胞を用いることによって様々な不整脈等の病態を反映する心筋細胞を作成することも出来、その病態の更なる理解と新たな治療法探索にも利用できる可能性がある。
   心電図フロンティア2010では iPS 細胞の心電学への応用をその将来展望を含めて、この分野の第一人者の先生方にご講演頂く。慶應義塾大学福田恵一先生にはヒト iPS 細胞の心筋細胞への分化と様々な病態解析や治療開発への応用に関してご講演を頂き、東京医科歯科大学の安田賢二先生には iPS 細胞から分化させた心筋細胞を用いた新たな電気生理学的解析技術についてご講演を頂く。また、東京医科歯科大学の古川哲史先生にはその細胞に対してパッチクランプ法を適応した解析についてご紹介頂く予定である。最後に、3人の先生方の討論によって、このヒト iPS 細胞の出現による心電学を含めた心臓病学と医療の画期的な進歩と言った我々の将来への夢を膨らますことが出来ることを期待したい。