第71回日本薬理学会西南部会(The 71st Seinan Regional Meeting of the Japanese Pharmacological Society)

特別講演

過活動膀胱治療薬の作用機序~膀胱求心性神経に対する抑制効果~

日本大学工学部生命応用化学  山口 脩

過活動膀胱(Overactive Bladder;以下OABと略)が尿意切迫感を必須症状とする症状症候群として定義されて以来、その治療薬の作用機序が見直されるようになってきた。抗コリン薬(antimuscarinic agent)とβ3受容体作動薬はOABの治療に用いられる代表的な薬であるが、両薬剤ともOABの主症状である尿意切迫感を良く改善する。尿意切迫感とは病的な膀胱知覚であるから、抗コリン薬やβ3作動薬は膀胱知覚神経に対する抑制効果を持つことが注目されている。

抗コリン薬がOABの治療に有効であることは、副交感神経(コリン作動性神経)の活動が停止している蓄尿期にAchが放出され、様々な部位のムスカリン受容体を活性化すると膀胱知覚神経が興奮する機構の存在を示唆している。Achの放出については、蓄尿期における尿路上皮の伸展に伴い、尿路上皮細胞からAchが放出されることが知られている。また、コリン作動性神経からAchの微量な漏出があるとも言われている。一方、Achが結合するムスカリン受容体は、排尿筋のみならず、膀胱尿路上皮や間質細胞にも発現している。抗コリン薬は、これらの部位のムスカリン受容体を遮断することにより、膀胱知覚神経の活動を抑えると考えられている。

β3受容体作動薬“ミラベグロン”は、日本で開発された世界初のOAB治療薬である。β3作動薬の主な作用は、排尿筋(膀胱平滑筋)の弛緩である。膀胱知覚神経(Aδ線維)終末のメカノセンサーは蓄尿に伴う排尿筋の緊張を感知し、それを電気信号に変換し脳へ伝達することで、尿意が生み出されている。β3作動薬による排尿筋の弛緩は、排尿筋緊張の減少による知覚神経の活動低下をもたらすので、一定の膀胱容量における尿意が減弱する。この結果、尿意が再び強くなるまでに更に多くの尿を膀胱にためることができる。これが、β3作動薬による頻尿の改善効果である。

膀胱局所の自発収縮運動はマイクロモーションと呼ばれ、知覚神経を刺激し膀胱知覚の発生に重要な役割を持つ。OABの患者ではマイクロモーションが活発になり、これに一致して尿意切迫感が発症すると報告されている。マイクロモーションは筋原性の自発収縮運動であるから、β3作動薬によって容易に抑制することができ、尿意切迫感の改善に繋がる。なお、β3受容体が発現している間質細胞は、自発収縮運動のペースメーカーと言われているので、この部位のβ3受容体の活性化も関与しているかも知れない。さらに、尿路上皮のβ3受容体が活性化されると、NOが放出されC線維の活動を抑制する可能性が指摘されている。

以上の様に、β3受容体作動薬も、排尿筋、間質細胞および尿路上皮に発現するβ3受容体を活性化すると、その効果は全体として膀胱知覚神経の抑制となり、頻尿や尿意切迫感のようなOABの症状が改善すると推測されている。

山口 脩先生のご略歴

昭和44年東北大学理学部物理学科卒業後に、同大学医学部編入学、昭和48年医学部卒業、4月に東北大学医学部泌尿器科教室に入局。

昭和49年から秋田大学泌尿器科助手、昭和54年から56年まで米国Stanford大学に留学。

昭和59年から福島医大泌尿器科に移り、講師、助教授を経て、平成8年福島医大泌尿器科教授に就任。

平成23年3月福島医大退任後、日本大学工学部医療工学講座の特任教授に就任。

平成28年4月より日本大学工学部生命応用化学講座の上席研究員、現在に至る。

その他

平成13年4月~平成17年3月  日本泌尿器科学会理事

平成14年10月~平成18年9月 日本排尿機能学会理事長