学術集会ポスター

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ポスター解説
オウムガイとダーウィンにまつわる覚書

埼玉医科大学 総合医療センター
間藤 卓 Takashi Mato

【起】

It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent that survives. It is the one that is most adaptable to change.

ポスターにイタリックで記された文言は、適応進化を端的に表現した“Charles Darwin (1809年~1882年)の名言”としてよく知られているものです。これは我々のモットーでもあります。

『生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである』・・・1987年の創設以来、我々の救命救急センターは、大きな転機を幾度も経験し、ときには存亡の危機も瀕しました。その度、知恵を絞り、時に苦痛を伴う大胆な構造改革を行い、時代に適応することで、辛くも今日の体制を築くことができました。この決して平坦でない道程で、唯一誇って良いと思うことは、この"適応" が外部から強制されたものではなく、その時々のスタッフが知恵を出し合い、一丸となり、"内在する力"によって成し遂げられたことです。 適応=進化?、進化=進歩?という議論はさておき、そのあり様は、適応進化・・・救命救急センターが、あたかも生物のように、生き残りをかけて環境に適応し進化していった姿・・・と重なると思うのです。

【承】

とはいえ、この言葉はあまりにも有名で、世界中の多くの著書や著名人やCEOに引用され、ときには映画のセリフにまで使われています。『私は変化を受け入れ、新しい時代に挑戦する勇気こそ、日本の発展の原動力であると確信しています。進化論を唱えたダーウィンは、生き残る〜』と、ある首相の演説にも引用され話題となりました。この演説は、『私は脳外科出身なので、流血無くして改革なし』と就任時に所信表明した某院長のお言葉とダブるものがありますが、けっして後者から着想したものではありません。念の為!

ただしこの言葉、『種の起原』が原典とおもいきや、そのどこを探してもこのフレーズは見つからないそうです。それどころか、ダーウィンの著書・書簡のどこにも見当たらない・・・。
名言どころか、これではまるで狐につままれたような話ですが、そんなところも含めて『誰が言ったかなんて、細かいことはどうでもいいんじゃ〜』と突き進む、多国籍軍の我が救命救急センターのモットーとして相応しいな、と思うわけです。

【転】

一方、ポスターのデザインのもととなったのは、ご覧の通りオウムガイとアンモナイトです (左半分がオウムガイの殻、右半分がアンモナイトの化石)。 オウムガイは、Nautilus(ノーチラス)といわれ、オウムの嘴(くちばし)に似た美しい外殻をもち、南の深い海に住むイカやタコに近い頭足類、軟体動物の仲間です。ノーチラス号といえば、ふしぎの海のナディア・・・もとい世界初の原子力潜水艦として有名ですが、そもそもジュール・ヴェルヌが1870年に発表した古典的SF冒険小説『海底二万里』“Vingt Mille Lieues Sous Les Mers”に登場する潜水艦名から取られております。興味深いのは、オウムガイが殻内の気室中のガスを調整することで中性浮力を得て深海を自由に移動していることで、後に登場する潜水艦のネーミングとしてこれほど相応しいものは無いでしょう。
ヴェルヌの想定したノーチラス号の全長は70m、新救命救急センター病棟の横幅と一致するのは単なる偶然ですが、ポスターの背景には、おなじく画期的な構造をもち、学会のちょうど一ヶ月後に完成する、我々の搭乗する艦となるべき新救命救急センター病棟の1F設計図の一部をさりげなくあしらってあります。

さて、このオウムガイ、アンモナイトの末裔と思われがちですが、実はこの2種類は共通の祖先を持ちながらも系統的に異なります。なにより興味深いのは、アンモナイトが今日すでに絶滅してしまっているのに対し、オウムガイはアンモナイト以前に栄えた後、衰退しながらもなんとか5億年を生き延びて今日に至っていることです。ポスターでは、オウムガイは現存する貝殻として、アンモナイトは断面化石として、栄枯盛衰を象徴的に表してみました。ではなぜ、デボン紀から中生代白亜紀まで驚くほどの隆盛を誇ったアンモナイトが絶滅し、なぜ古生代に生まれたオウムガイが今日まで生き延びたのか? その理由は定かではありません。変わらなかったから絶滅したのか?変わりすぎて絶滅したのか?・・・神ならぬ身の知る由もありませんが、すくなくとも「5億年の年月をオウムガイが変わらなかったから生き延びた」は間違いです。むしろ浅い海という好環境を制覇したアンモナイトに対して、餌は乏しいながら外敵が少なく環境が安定している深海へと生存圈を変え、それに合わせて進化したからこそオウムガイは生き延びたのだろうと思われます。進化というと形状の変化にとらわれがちですが、ガラパゴス島のフィンチ、マラウイ湖のシクリッド、琵琶湖のナマズを例に取るまでも無く、形態ばかりでなく(むしろそれ以前に)、生態(生き方)が変化し生存圈を変えることこそ、適応進化の第一歩なのです。

【結】

ポスターに見るように、アンモナイトやオウムガイの形状はたいへん美しいものです。とくにオウムガイの断面は、その美しさが多くの人々の関心を引き、星雲など自然界の調和的に感じる美に共通する、“黄金律”が隠されている・・・と説明されてきました。しかしながらオウムガイの殻は、黄金律や黄金比もしくは黄金分割・・・など、その美しさの根拠とされてきた説明や理屈のほとんどは、なんとどれも間違いのようです。

また、アンモナイトはアルキメデスの螺旋(一様螺旋)、オウムガイはベルヌーイの螺旋(対数螺旋)に一致、という一見数学的な説明も同じく誤りだそうです。 オウムガイやアンモナイトの貝殻の形状は、どちらも同じ対数螺旋で、極方程式(Logarithmic spiral)であらわされ、この式のbの値が異なるに過ぎません。 こうなるとまるで風評被害ですが、だからといってこの螺旋の美しさ(を感じる感性)が損なわれるわけではありません。大切なのは「自分の感性を信じること」・・・それが一番大事なのではないでしょうか。 この美しい螺旋は、機能的な意義を加味して工業製品にも応用されており、例えばB&W社製の Original Nautilusといわれる美しい形状のスピーカーもその一例です。 実は新しい救命救急センターにも、Nautilusが隠されております。まず1F全体として、ER〜外来処置室〜ICU(大部屋〜個室)へと左回転しつつだんだんと狭まってゆく間取りは、あたかもオウムガイの殻の螺旋のようですし、1Fと2FにまたがるICUには、スタッフの階層移動を少しでも容易にするために、アンモナイトそっくりの螺旋階段が設けられています。これらは、合理的な配置を検討し尽くした結果、人知が生み出した“美しい形”と言えるかも知れません。

参考文献:

書籍:

  • 生きた化石 生命40億年史 (筑摩選書),  Richard Fortey/矢野 真千子
  • オウムガイの謎 (河出書房新社) ピーター D.ウォード/小畠郁生
  • アンモナイト学―絶滅生物の知・形・美 (東海大学出版会) 重田 康成/国立科学博物館

文献:

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